大阪高等裁判所 平成10年(う)415号 判決 1999年3月05日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中二六〇日を原判決の刑に算入する。
理由
一 本件控訴の趣意は、弁護人高木甫作成の控訴趣意書及び弁論要旨に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、要するに、原判決の訴訟手続の法令違反及び量刑不当を主張するものである。
二 控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について
所論は、原判示各事実の発覚の端緒となった被告人が所持していた覚せい剤は違法な捜査によって発見された証拠であって証拠能力を有しない。違法な捜査によって発見された覚せい剤の所持を理由に行われた現行犯逮捕は違法であるから、この違法状態を利用してなされた任意提出手続も違法であって、尿も違法収集証拠になり証拠能力を有しない。覚せい剤や尿の鑑定結果である各鑑定書は毒樹の果実の理論によって違法収集証拠となるから証拠能力を有しない。しかるに、原判決は証拠に供することのできない右各証拠を原判示各事実の認定に用いているが、これらの証拠を排除すれば、原判示各事実を認定する証拠としては被告人の自白のみであり、補強証拠はないことになるから、被告人は原判示各事実について無罪である。したがって、右各違法収集証拠を排除することなく、被告人を有罪と認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというものである。
そこで、所論に鑑み、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
1 被告人の現行犯逮捕に至る本件の捜査の過程は概ね以下のとおりであったと認められる。
(1) 被告人は、平成九年一二月二一日午後一一時三〇分頃、兵庫県伊丹市荒牧字松葉間区画整理地内七三街区付近路上に駐車中の普通貨物自動車(以下「本件車両」という。)内において、覚せい剤を注射して使用したが、覚せい剤使用後も本件車両を駐車させたまま車内にいた。
(2) 同日午後一一時五二分頃、「バラ公園北たつみ橋荒牧公園横で大麻かマリファナを吸っている男がいる。車のナンバーは下四桁△△△△で、ライトバン。この車内で男一人で、セーターにスラックス姿、車窓にはスモークを張っている。」旨の一一〇番通報が警察にあった。
(3) 県警本部通信司令室からの右現場へ向かえとの指令を傍受した兵庫県地域部自動車警ら隊阪神方面隊のA巡査部長(以下「A」という。)他一名乗務のパトカーが、受理後二、三分で現場に臨場した。
一一〇番通報された車の下四桁のナンバーは本件車両のナンバーと一致しており、現場付近には本件車両以外の車はなかったので、Aは被告人に対して職務質問を開始し、まず、運転免許証の提示を求めたところ、被告人は当初抵抗を見せていたが、結局、運転免許証をAに渡し、右運転免許証により総合照会が実施された。
(4) その頃、兵庫県伊丹警察署地域課のB警部補(以下「B」という。)及びC巡査長(以下「C」という。)乗務のパトカーも現場に到着し、以後は主にBとAが職務質問を行った。
(5) Bらがここで何をしているのかと質問すると、被告人は車の改造をしていると答えるだけであったので、更に車検証の提示を求めて確認すると、本件車両は車検切れであり、被告人も車検切れで車が動かせないなどと言っていた。
(6) その頃、前記総合照会の結果、被告人には毒物及び劇物取締法違反で二回の前歴並びに覚せい剤取締法違反で一回の前科があることが判明し、前記一一〇番通報の内容と併せ、被告人が薬物を使用したり、所持しているのではないかとの疑いが出てきた。
この頃には現場にはパトカーが続々と到着し、結局、パトカーが四、五台、警察官が八名か、一〇名くらいが集まっていた。
(7) Bらが被告人に対して所持品を見せてくれるよう求めると、被告人は拒否し、Bらが説得しても、頑強に拒否を繰り返す状態が続いた。
そのうち、被告人が左手に何か隠し持っていることが分かったので、Bらが何か持っているのではないかと質問すると、被告人は何も持っていないと答えた。そこで、被告人に本件車両から降りるように求めると被告人はこれも拒否した。
なお、この頃から、被告人は泣き喚いたりして興奮状態となっていた。
このような被告人の態度から、Bらは前記犯罪の疑いを益々強く持つようになった。
(8) 次いで、Bは本件車両の助手席側に回り、後部座席のドアを開けて車内に入って後部座席を調べたが、特に不審な物はなかったので降り、今度は助手席のドアを開けて被告人の横に乗り込んで尻の下に隠し持っている物を見せて欲しいと言うと、被告人は何もないと言って応じなかったので、Bは助手席から降りた。
(9) Bらが更に説得を続けていると、被告人はAを遠ざけてくれたら降りると言ったので、被告人の求めるとおりAを遠ざけたが、被告人はそれでも降りなかった。
(10) そのうち、被告人は先輩のD(以下「D」という。)を呼ぶと言って、所持していた携帯電話でDに現場へ来てくれるよう連絡し、Bらも事態が膠着していたことから、Dに被告人を説得してもらうこととし、Dの到着を待った。
(11) Dが到着したので、Bらはその時までの状況を説明し、本件車両から降りるように被告人を説得して欲しいと依頼すると、Dは助手席に乗り込み被告人を説得したが、被告人はDの説得にも応じなかった。
結局、Dも説得をあきらめて本件車両から降り、「こんなんしゃあないで、どないでもして下さい」と言った。
(12) すると、被告人は、もう死んでやる、親に申し訳ないというようなことを言い出し、ハンドルに頭をぶつけるような様子が見え、自傷行為のおそれがあったので、とっさにBは右手を被告人の頭とハンドルの間に差し出し、さらにその手を首から左肩に回した。
この様子を見ていたAや周りの警察官も、一緒になって被告人の腹部や足を持って、被告人を本件車両から降ろした。
(13) 被告人は本件車両から降ろされそうになったため、左手に持っていたポシェットを運転席のシートと背もたれの間に隠したが、本件車両の正面から車内の様子を確認していた兵庫県伊丹警察署地域一課のE巡査(以下「E」という。)が助手席のドアを開けて車内に入り、ポシェットを車内から持ちだして、Cに手渡し、CはAにポシェットを手渡した。
(14) Aがポシェットを被告人に見せて、何が入っているのかと尋ねると、被告人は覚せい剤が入っていると答えたので、Aは被告人にポシェットを「開けて見るで。」と確認したところ、被告人は「はい。」か「うん。」と言ったのでポシェットのチャックを開けたところ、その中には注射器と水溶液が入った透明の瓶のほか銀紙に包まれたものが二個あった。そこで、Aがこれは何かと尋ねると、被告人は覚せい剤であることを認めたので、Aは被告人を現行犯逮捕した。
2 本件の現行犯逮捕に至る過程は概ね右のとおりであるが、所論は、右のうち、(8)のBが後部座席及び助手席に乗り込んだことについて被告人の承諾はなく、むしろ被告人は拒否していた。(12)の被告人を車外に降ろしたことについて自傷行為のおそれがあったからではなく、膠着状態を決着させるために被告人の意思に反して有形力を行使して引っ張り出したものであり、(13)のポシェットの車外への持ち出しは、車外に被告人を引っ張り出してから被告人の所持しているのを取った(Dの証言による。)か、被告人が車外に引っ張り出されるときに、警察官が助手席側から車内に入って被告人の所持しているのを取った(被告人の供述による)かである、(14)のポシェットの開披について被告人は承諾していない、と主張する。
まず、Bが本件車両の後部座席及び助手席に乗り込んだことについては、被告人はいったんは拒否したことが認められるものの、後記のとおりBが被告人が手に隠し持っている物の所持品検査を目的としているものでないことは被告人も分かったと認められるから、被告人の拒否の程度は強いものではなかったと認められること、この前後でもBらは被告人を時間をかけて説得していることからBが被告人の拒否を排してまで強引に乗り込む必然性はなかったと認められること、後部座席に乗り込んだのは、ここで何をしているのかとの職務質問に対して被告人が車の改造をしていると答えたことから車内に不審物がないか確認するためであり、助手席に乗り込んだのは、被告人に尻の下に隠し持っている物を見せてくれるように頼むとともに、被告人の横に座って本件車両から降りるよう説得するためであるが、いまだ職務質問の延長の域にとどまるといえるものであり、それより進めて被告人が隠し持っている物を所持品検査するまでの意図はなかったと認められること、さらに被告人もBが乗り込んでしまってからは黙認したと認められ、現に被告人は、乗り込まれてから、Bに早く降りてくれなどと抗議をした様子は認められていない。また、仮に被告人の意思に反していたとしても、違法の程度は低いうえ、Bの右行為は、後記所持品検査とは直接の関連性を持たない、別個の行為であるから、本件覚せい剤等の証拠能力に影響を及ぼすものではない。
次に、警察官らが被告人を本件車両から降ろしたことについてみると、Dが来る前の職務質問中から被告人は興奮状態にあったが、関係証拠を総合すれば、Dに来てもらったものの、Dからも降りるように説得され、しかし被告人としては降りることもできず説得にも応じなかったため、Dがどうしようもないなどと言っていわば匙を投げてしまったのを聞き、進退に窮して、もう死ぬとか親に申し訳ないと言いながら、興奮の余りハンドルを掴んで頭を前後に動かす動作をしたことが認められ、この動作を関係者の中で一番間近で見ていたBがとっさに自傷行為のおそれがあると判断し、自傷行為を止めようと被告人の頭とハンドルの間に右手を入れたが、被告人が抵抗して暴れるので、それを見たAや他の警察官らも被告人の腹部や足を持つなどして、Bとともに被告人を車外に降ろしたと認められる。
ところで、警察官職務執行法三条一項は、一定の場合、精神錯乱又はでい酔のため、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼす虞のある者を保護しなければならないと規定していること、さらに捜査の過程において被疑者が負傷するようなことがあれば、後に捜査手続の適法性が問題とされる余地や口実を与えることになることを十分知悉しているBが、被告人の頭とハンドルの間に右手を入れた行為はもちろん、それに引き続き警察官らが被告人を車外に降ろした行為も、狭い車内で被告人の自傷行為を制止し続けることは困難であることに徴すれば、客観的にみれば、被告人の自傷行為を防ぐために容認され得る行為であって、これを違法とまでいうことはできない。
さらに、ポシェットが車外に持ち出され、Aの手に渡ったことについては、Dは被告人が車外に降ろされてからAが被告人の持っているポシェットを取ったと証言するが、被告人自身はポシェットは車から降ろされるときに、助手席側から入ってきた警察官に手に持っていたポシェットを取られたと供述しているのであって、Dは被告人が車外に降ろされる様子とAがポシェットを手に持っている場面を見たことから、Aが車外で被告人の手からポシェットを取ったと誤解している可能性があるから、Dの証言は直ちには信用できない。また、被告人の右供述については、被告人がポシェットを持ったまま車外に出れば、ポシェットを見せるように言われることは必至の状況であったと認められるから、被告人がポシェットを持ったまま降ろされたというのは不自然であるうえ、警察官としても被告人を車外に降ろしてからポシェットを取れば足り、わざわざ反対側の助手席に乗り込んで車内でポシェットを取る必要はないと認められるから、E及びCの証言と対比し、にわかに信用することができない。
ポシェットの開披について、被告人はポシェットを見せられたときには既に開披されていたと供述するが、Aが被告人に対してポシェットの開披の承諾を求めたことについてはDも聞いていることから、被告人の供述は信用できず、Aがポシェットを手にしたときにはまだ開披されていなかったことは明らかであるが、被告人が開披を明確に承諾したかどうかは前記のところからは必ずしも明らかではない。しかし、被告人はポシェットの開披後のAの質問には素直に答えていることに徴すると、被告人はポシェットが捜し出されることには抵抗していたが、見つかった後には観念していたと認められるから、被告人は少なくともポシェットの開披を黙示に承諾したと認められる。
なお、弁護人は、被告人は本件車両から降ろされた後で警察官から顔面を殴打されたと主張し、被告人もその旨の供述をするが、証言した警察官らは全員否定しているうえ、警察官が第三者であるDの面前で被告人の顔面を殴打する必然性もないこと、Dは被告人の顔が赤くなっていたと証言するが、当時は深夜であって街灯もなく真っ暗であったから顔色を見分けられたとは考え難く、仮に顔色が赤くなっていたとしても、被告人は興奮していたと認められるから、そのせいで赤くなっていたこともあり得ること、被告人が数名の警察官に実力をもって本件車両から降ろされた直後のことであるから、誰かの手や腕等がたまたま被告人の顔面に当たった可能性も考えられることなどを総合勘案すれば、被告人の前記供述はにわかに信用することができず、警察官が被告人の顔面を殴打したとは認められない。
3 以上の捜査の経過を前提に、本件ポシェットの所持品検査の過程、すなわち、Eが助手席のドアを開けて車内に入ってポシェットを持ち出し、これをCを介してAに手渡し、Aが手にしたポシェットを被告人に提示して中味を尋ね、ポシェットを開披するまでの一連の行為が適法であったか否かを検討する。
まず、Eがドアを開けて車内に入った行為であるが、Eは被告人の承諾を得ないままこれを行っている。しかし、当時の状況からみて、被告人の意向を確認する暇がないほどの緊急性があったとは認められないから、Eが被告人の承諾を得ないまま車内に入った行為は違法と言わざるを得ない。また、Eが車内からポシェットを持ち出し、Cを介してAに手渡した行為についても、被告人の占有下にあるポシェット(被告人所有の車に被告が隠匿したのであるから、被告人の占有下にあり、路上に落とした場合の占有離脱物とは同視できない。)を車外に持ち出す行為は、原則として、被告人の承諾を得ないで行うことはできないものであり、本件の場合、被告人を説得してその承諾を得る暇がなかったとは認められないのに、全くそのような試みをすることなく、被告人の承諾がないまま、ポシェットを車外に持ち出した行為も違法と言わざるを得ない。
しかし、Eは車外からポシェットを現認しており、Eはポシェット以外のものを車内で捜したり、車内で座席の下を覗いたり、ダッシュボードを開けたりはしておらず、車内の捜索にわたるような行為はしていないこと、したがってEの行為による被告人のプライバシー侵害の程度は比較的低いこと、Eは、持ち出したポシェットを直ちにDを介して本件捜査の職務質問を担当しているAに手渡し、Aによる職務質問に供していることからすれば、ポシェットの持ち出しを職務質問に付随する行為で任意捜査の範疇に含まれるものと考えていたものと認められ、これが捜査、押収に該当するとか、令状主義を潜脱するなどの認識はなかったと認められること(もっとも、このような強制捜査と任意捜査の別及び任意捜査の限界についての認識の甘さは責められるべきである。)、ポシェットは被告人の直接支配下を離れて車内に外から見える状態で置かれており、E及びCも車外から現認していることから、被告人が身につけているなど直接支配下にある場合と異なり、この観点からもプライバシー侵害の程度は低いこと、被告人のこれまでの態度や様子、覚せい剤の前科、一一〇番通報の内容などから、当時被告人には覚せい剤等の薬物の使用ないし所持の嫌疑が相当濃厚であり、しかもその嫌疑はますます濃くなってくる状況にあったこと、したがって、ポシェットにはその種犯罪に関係する物が入っていることの嫌疑も益々濃厚になっていたこと、ポシェットを車内にそのままにしておいて、被告人をポシェットの見える位置に同行して所持品検査する場合と結果的にはそれほど変わらないとも評価できること、覚せい剤等の薬物事犯はその性質上当該薬物を発見しない限り検挙が困難であること、さらに、原審において、これらの証拠について同意がなされ、異議なく証拠調べがなされていることなどを総合勘案すれば、Eが車内に入りポシェットを車外に持ち出した行為は違法ではあるが、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠とすることが将来の違法捜査を抑制する見地から相当でないと認められるときに該当し、その結果得られた証拠の証拠能力を否定しなければならないほど重大な違法があったとはいえない。
そして、Aが手にしたポシェットを被告人に提示して中味を尋ねたことは職務質問として許される行為であり、ポシェットを開披したことについては前記のとおり少なくとも被告人の黙示の承諾があったから違法とはいえない。
4 結局、ポシェットの所持品検査は、被告人の承諾を得ないまま、Eが車内に入ってポシェットを持ち出し、Cを介してAに手渡した点において違法ではあるが、前記のように、その結果得られた証拠の証拠能力を否定しなければならないほど重大な違法があったとはいえない。
したがって、原判示第二の事実認定に用いられた銀紙包みの覚せい剤白色結晶粉末二包以下の関係証拠は証拠能力を有すると解するのが相当である。
次に、所持品検査に基づいて被告人の現行犯逮捕が行われ、被告人は兵庫県伊丹警察署に引致されて同署で尿を任意提出している。現行犯逮捕の要件は備わっていたと認められるが、その根拠となった覚せい剤が前記のように違法な所持品検査によって取得された物であるということになると、結局、現行犯逮捕も違法といわざるを得ない。
しかし、現行犯逮捕に承継された所持品検査の違法は前記のとおり証拠能力を否定しなければならないほど重大な違法とはいえないうえ、尿の任意提出手続は一応被告人の任意の意思に基づいて行われたものであって、直接違法を引き継いでいるというよりは、そこに被告人の意思が介在しているのであるから、尿の任意提出手続が違法であるとしても、その違法はさらに弱まっているとみるべきであり、さらに原審において異議なく証拠調べがなされていることも勘案すると、証拠能力を否定しなければならないほど重大な違法とはいえないから、尿検査の結果得られた採尿報告書以下の原判示第一の事実認定に用いられた関係証拠は証拠能力を有すると解するのが相当である。
5 その他所論がいろいろ主張する点を検討しても、本件の捜査の過程に原判示第一及び第二の各事実の認定に用いられた証拠の証拠能力を否定しなければならないほどの違法があったとは認められない。所論は採用できない。
6 したがって、原判示には所論の指摘する判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反はない。論旨は理由がない。
三 控訴趣意中、量刑不当の主張について
所論は、仮に本件について有罪が認定されたとしても、被告人に対しては保護観察付執行猶予が付されるべきが相当であり、原判決が被告人を懲役一年六月の実刑に処したのは重きに失するという。
そこで、所論に鑑み、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討しても、原判決がその「量刑の理由」の項で説示するところに基いてなされた量刑は相当であって、これが重すぎるとは考えられない。
所論は、違法捜査の結果収集された証拠の証拠能力が排除されない場合であっても、司法の廉潔性の確保や違法捜査の抑制などの観点から、捜査段階での違法は、量刑にあたって被告人に有利な情状として考慮されるべきであるとする。
一般に、捜査の過程において、例えば被告人が暴行を受けたり、或いは著しい屈辱を受けたような場合には、被告人の蒙った不利益を犯行後の状況として量刑上考慮するのが相当と解されるような事例があることは否定できない。
しかし、右の見地に立って、本件の所持品検査によって受けた被告人の不利益を検討しても、これらを犯行後の状況として量刑上考慮するのが相当であるとは認め難い。
その他所論が種々主張する点を検討しても、被告人を懲役一年六月の実刑に処した原判決の量刑が、執行猶予を付さなかった点及び刑期の点のいずれにおいても、不当に重いとはいえない。論旨は理由がない。
四 よって、刑訴法三九六条、刑法二一条、刑訴法一八一条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・河上元康、裁判官・飯渕進、裁判官・田中義則)